ひとひろ

日常より、もう少し深いところへ。ひびのこと、たびのこと、ならのことを綴ります。

ひとひろ

*ある晴れた日のまほろばにて

石造りの教会は、冬だからとても寒かったことは覚えている。

お付き合いしている彼からプロポーズを受けて、正直まだ実感のないままに式場を見学しにいった。
結婚、という非日常を噛みしめる間もなかったから、当時のことはあわいヴェールがかかったような記憶だ。

色々なことを説明されたような気がする。
笑顔で説明してくれるプランナーさんとの距離も遠くて。
模擬挙式があるんですよ、参加してみませんか?
そんな提案に半分困った顔で笑いながら、私は彼と教会に向かったのだ。 

結婚式の参列経験も乏しい私にとって、そのセレモニーはお芝居のようだった。
模擬、ということもあるのだろうか。新郎役も新婦役も、どこか小さな違和感を抱えていて。
本当に自分がここに、立つのだろうかと思った。
そんなことが、できるのだろうかととても不安に思った。

式のさなか、神父さんが我々、参列者の前に向き直る。
私など踏みつぶされてしまいそうなほど大きな靴を履いた神父さん。
失礼な話であるが、彼だけは、お芝居ではなくリアルな存在に感じられる。

神父さんもとい、オリバーは存外に流暢な日本語でこう言った。
「これから、結婚生活で大切にしてほしい五つの教えをいいます」
ヤサシイコトバ、テツダイ……ひとつひとつ、例を織り交ぜながら。
初めて、緊張がゆるんだ瞬間だった。
なかでも茶目っ気たっぷりに「バラ一本四百円!」と言ったのには思わず、くすり。
そんなささやかなサプライズも、大切ということだそうだ。
これらの教えがたいそうお気に召した私は、その日から何度も何度も、彼にオリバーの教えの話をしたのだった。

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ぎこちなかった模擬挙式の日から、日を重ねて。
季節はいつしか夏を越え、秋へ。
あおい、あおい奈良の空の下、私は花嫁になった。
これまでの人生、重ねてきたこと。
これからの人生、重ねてゆくこと。
たくさんの祝福の言葉を受けながら、たくさん笑った。
あのとき、あんなに不安だったのに、夢のように楽しい一日だった。

二次会も終わりに差し掛かるころ、司会が彼にマイクを差し向ける。
なんでも、手紙を書いてくれたという。
人前で話すのが本当はあまり得意でないと言いながらも、彼はまっすぐな思いを伝えてくれた。反則だ。
「――最後に、新婦にプレゼントがあります」

「これは、一輪挿しです」
小さな包みを示しながら、来てくれたたくさんの人の前で彼は言う。
小さな花を慈しめるような、そんなささやかなしあわせを大切にしたい、と。

「今日は私から、最初の一本目の花を、贈ろうと思います」

手渡されたのは、一輪の真紅のバラ。
とてもとても嬉しくてオリバーの教えは、そのときは吹っ飛んでしまっていて。
バラ一本四百円。
後で彼に言われて、ふふふ、とまた口元がほころんだのは言うまでもない。

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台風が来るという、この週末は彼の誕生日だ。
二人で一緒に、二本目の花を買いに行こうと思う。

 

ゆのじ