金曜夜10時の近鉄奈良駅。
日中の賑わいもどこへやら、人もまばらになった駅を、ふらふらと歩く人影があった。
大きなリュックを背負い、疲れきった表情をした女は、改札口を出てそのまま特急券売り場へ向かう。
あと何本、大阪へ向かう特急が残っているだろうかというくらい遅い時間だ。
半分営業終了の面持ちの駅員は、窓口に近づいた女に訝しげな視線を投げた。
疲れた顔の女は、存外にはっきりした声で言う。
「あの……みたらい渓谷の切符って、まだ買えますか?」
駅員は一瞬、眉を寄せて。
「買えますよ。もうカードでしかお支払いできませんが」
「大丈夫です、お願いします」
「いつ、どちらから出発ですか」
「明日――ここから、近鉄奈良駅からで、お願いします」
明日。夜の10時に切符を買いに来たかと思いきや、明日の話か。
そんなことを駅員が思ったかどうかは分からないが、彼は業務をしっかりと全うする。
「これが往復の切符で、こちらは温泉の割引券になります」
数枚つづりの切符が、窓口のガラス越しにすっと受け渡される。
女はほっとしたように笑って、大切そうに切符をしまった。
『洞川温泉・みたらい渓谷散策きっぷ』
これがあれば、往復の電車もバスも大丈夫、という代物だ。
来るときよりもいくぶんか軽い足取りで、女は奈良のどこかへと消えていった。
というわけで洞川温泉にいってきました
いきなり小話がはじまったのでどうしたかと思われたならすみません。
こんにちは、ゆのじ(@hiromyarm)です。
最近奈良の南に行っていなくて、フラストレーションが溜まっていたのでつい衝動的に切符を買いました。
買ったときから「金曜日の夜10時」という書き出しが浮かんでしまったので、いつもと違う感じでいってしまいました。
車の運転を封印した私でも、『洞川温泉・みたらい渓谷散策きっぷ』を使えば天川村までひとりで行けるのです!
電車とバスに揺られて、いざ
公共交通機関で行くのは久しぶりだったので、どきどきそわそわ。
道中の要点をまとめると下記のとおりです。
- 車酔いしやすい人は酔い止めを飲んでいこう
- 丹生川上神社の神馬に注目
- 黒滝村の道の駅のこんにゃくを食べられないことだけがネック
往路は酔い止めを飲まずに行ったのですが、そうだった酔うんだった……
鬼門は下市町の広橋峠(梅林が最高!)と、最後に洞川温泉に入るまでの山道です。
車に酔いやすい人は、酔い止めを飲みましょう。ほんとに辛いから。
近鉄吉野線で下市口駅まで揺られて、そこから1時間バスに乗るのですが、道中の景色が楽しいです。
下市町の街並みも楽しいし、どんどん自然に入っていくのもわくわくするし!
今回バスに乗ったから気付けたのは、丹生川上神社下社にいた神馬。
白と黒の可愛い馬の姿を見ることができました。
日照りのときに黒馬で雨ごいを、長雨のときに白馬で雨がやむことを祈願したそうです。
でもバスだと、黒滝村の道の駅のこんにゃくを食べに寄れないのですよね……
私、ここのこんにゃくは本当にベストこんにゃくだと思います。
書いていたらまた行きたくなってきたや。
冬の洞川をきけ
冬の洞川に来たら、何をしたいって、何もしたくない。
ただ、耳をすまして。
「しんとした」音を聴くのです。
澄んだ水はとうとうと流れて、たまに冷たい風が耳元を吹き抜けるのですが、
それでもなお、静かなのです。
「大峰の雪はいかならむ」と小さく呟いてみても、もちろん誰のいらえもなく。
頬が、指先が、静かに冷えていきます。
喧騒が嫌でここに来たはずなのに、人恋しくなって、生き物の気配を探しました。
視点を変えてみると、洞川温泉街にはたくさんの生き物がいました。
ほら、龍泉寺にも。
寒かったけれど、とてもいい天気の日で、ゆっくり歩くのにはちょうどよかったです。
もくもくと歩くのは、思考の整理になってとてもいい。
今日、いつにもましてすごく不親切なブログかもしれないな、と我ながら思うんですが。
静かに、自分が感じたものを吐き出すように、写真を貼るしかできないのです。
普段なら、ここはこうでね!と明るく話したりもするのですが、この日の洞川については、淡々と。
筆舌に尽くしがたい、ってこんなときに使うのかもしれない。ふと思いました。
はりつめた美しさがそこかしこに、ありました。
折れてしまった木に、なぜだか深く共感したり。
寂、さびとでも、じゃくとでも。
静かで穏やかな中に、流れる時間。
ひとしきり歩いて、温泉に入ってほっとしたけど、なんだかきゅうっとさみしくなりました。
あたたかいものが飲みたいな。
喫茶店に入って、帰りのバスを待つことにしました。
佐助珈琲さんは、多趣味なマスターと優しい奥様がやっている喫茶店。
甘いものが無性に飲みたくなって、ショコラテとチーズケーキを。
麦チョコがアクセントに載ったショコラテ、甘くて優しくて本当においしかったです。
お店のそこかしこに、マスターの愛するものたちが置いてあります。
カメラも、バイクも、オーディオも。
マスターと、先にいたお客さん(なんと元カメラ店勤務の方だった)と、少しカメラ話に花が咲きました。
古いカメラやレンズを自分で修理して使ったりするのだそうで、素敵だなあと憧れのため息をつく新米の私。
するとおもむろにマスターが「そこの棚のカメラ取ってみ」と言って、フィルムカメラを触らせてくれました。
初めて覗いたファインダー。なかなかピントを合わせられなくて。
フィルムカメラに憧れはあったけど、まだ背伸びは無理かも、なんて。
「とにかくたくさん撮ることだよ、オートでいいから、たくさん」
またおいで、いいスポットを教えてあげる、との言葉に、感じていたさみしさはいつしか埋まっていました。
また来よう。
夏の、静かながらもまばゆい景色も、冬の寂とした感じも、全部好きだから。
また来て、耳をすませてみよう。
あなたも、切符を買って
天川村。何度噛みしめても、好きになる場所です。
いつかここでおこもりオフ会をするという野望があるので、その時がくるまで、いや来てからも私は愛をつづろうと思います。
「しんとした」冬の音が、かすかでも届いたなら、嬉しいな。
読んでいただき、ありがとうございました。
ゆのじ