ひとひろ

日常より、もう少し深いところへ。ひびのこと、たびのこと、ならのことを綴ります。

ひとひろ

晴れ女の梅雨の旅 vol.1

新幹線では車窓から富士山を見たくて頑張るけれど、寝過ごすか、どこか分からず見逃すかで終わる。

なかなか長距離移動が叶わなかったけれど、思い切って、やりたいことを全部やる旅に出かけた。
書き始めたのは帰りの新幹線。富士山をやっぱり見逃してからのスタートだ。
これは、自称晴れ女が梅雨入りした関東に挑む旅行記。しばしお付き合いください。

五月に仕事を頑張ったので、えーいと連休をいただくことに。
ひとり旅に出るつもりだったけれど、母を誘ってみる。
実は母娘二人旅ははじめてで、普段は適当計画でしか旅をしない私はすこし緊張していた。
「ザ・観光地、普段行く場所よりは電車もバスもあるやろ?」
夫の言葉に背中を押されて肩の力を抜く。
お宿でまったり多めのプランを練り、いざゆかん!

出立の数日前に関東は梅雨入り。
自分で選んだタイミングとはいえ、お天気が心配……
毎日念じていたら晴れ女の願いが通じたのか天気予報が曇りに。やるぞ!(なにを?)

一日目 新大阪 くもり

久しぶりの新幹線、嬉しすぎてずっとはしゃいでしまう。
天気も景色もどんどん変わってゆく、新幹線の移動が大好き。

一日目 箱根 くもり

新幹線で小田原、そして電車であっという間に箱根へ。
箱根湯本駅近くのカフェ、喫茶ユトリロでお昼をいただいた。
天井が高く開放的な雰囲気の喫茶店、壁にはたくさんのユトリロの絵が飾られている。以前訪れた展示会で、彼の切り取るパリの街の空気感がとても好きだなと思っていたので、出会えて嬉しい。

思ったよりも早くお昼を済ませてしまったので、宿に向かう前にラリック美術館に行くことに。

ヴェネチアングラスの美術館も気になったけれど、特別展『明日への祈り』展で、大戦中のチャリティー向けに作られたメダルやブローチが展示されていると知って、背景含め観てみたいねとなり急遽こちらへ。
バスに三十分ほど揺られ、あおあおとした新緑の中を走るのがとても気持ちがよかった。

ラリック美術館は山の中にひっそりと佇んでいる。
展示室、静謐とした空気の中に透き通ったガラスや精緻な装飾品が並んでいる。
ガラスだけでなく七宝のような様々な技法を取り入れて作られた装飾品、とりわけ動植物をモチーフにしたものに心を惹かれた。
星を透かした香水瓶がとっても可愛くて、何度も眺めてしまう。小瓶ってどうしてあんなに素敵なんだろう……
特別展までじっくり楽しみ、充実した時間を過ごすことができた。

雨は降らねども箱根の山の上は肌寒く、美術館向かいのカフェでひと息。
お宿に連絡して迎えにきていただき、初日の移動を終える。

旅慣れぬ母を連れていく宿は、目的地へのアクセスと料理のボリュームに重点を置いて選んだ。
今回訪れたのは箱根風雅というお宿。ライト会席のプランがあるのが魅力的だったので。

ウェルカムドリンクでワインをいただき、にっこりご機嫌な母娘。
スタッフさんがみんな丁寧で気さくで有り難かったなあ。
持っていたカメラでツーショットを撮ってもらえたのが嬉しかった。母娘の写真が少ないので、機会は大切にしてゆきたい。

梅雨どきの平日でゆとりがあったのか、広いお部屋に通していただけた。
館内の至るところに一枚板が使われていて、先日までダイニングテーブル探しの旅をしていた私は興味津々。
お部屋でゆったりし、温泉にのんびり浸かってもまだゆとりがある。ご飯を楽しみに待ちながらごろごろ。いつも忙しく動き回っている母とこんな時間を過ごせて嬉しい。

お待ちかねの夕食は、和洋折衷の会席。

コース料理、いつもは中盤あたりから苦しくなってくるのだけれど、お出汁がきいた優しい味の料理が差し挟まるのでちょうどいいペースで食べることができた。

メインのお肉もやわらかくて美味しかったなあ。

ピスタチオのムースがデザートに出てきて喜ぶピスタチオファンの私。添えられたザクロとヨーグルトのクリームがさっぱりして気に入った。

ゆっくり食事を楽しみ、夜は部屋でのんびり過ごして、早めに就寝した。

二日目 箱根 くもり ときどき 晴れ

箱根旅のメインは二日目。

朝食を食べて、いざ出立。
なんと目的地まで送迎していただけるとのことで、有り難くお言葉に甘えることにする。
公共交通機関を利用する旅、移動プランを練るのに緊張するのでこれは本当にありがたかった。

車で十分ほど、さらに森の中へ。

念願の! ポーラ美術館
ずっとずっと、行ってみたかった場所。
関東在住でないのでなかなか難しいと諦めていたけれど、思い切ってよかった。

梅雨空の合間に太陽が覗き、美しいガラス張りの建物に光がおちてくる。
建物そのものが美しい芸術品のようにも思えた。
『モネからリヒターへ』はポーラ美術館開館二十周年を記念して、収蔵作品を一挙に公開する展示で、よい機会に訪れられたと思う。
ポーラ美術館が大切にする「光」というキーワードを軸に編まれた、たくさんの収蔵作品。展示室がたくさんあって、ぐるぐる観ていたらあっという間に時間が経っていた。

印象派の作品がたくさんあるイメージだったけれど、大正期の日本の作品から現代の作品まで幅広い展示だった。
普段は日本の作品や現代アートを見に行く機会が少ないので、こうしてひとつのテーマを通して観ると面白かった。
真っ暗な部屋にぼうっと光るように飾られたハマスホイの作品、よかったなあ。
たっぷりゆっくり展示を満喫し、気がつけばお昼だった。

美術館併設のレストランでお昼に。
お腹がぺこぺこというわけではなかったので、せいろ蒸しの野菜とパンのランチに。凝った料理も好きだけれど、シンプルな食事は落ち着く。
レストランは窓が大きくとられていて、青空と新緑を眺めながらゆっくりと過ごすことができた。こういう時間が人生には必要さ、きっと。

バスに乗る前に、美術館の遊歩道を散歩。
見たことのないトカゲや虫たちがのんびりしていて、都会暮らしの母が驚くのを見守るのが楽しかった。奈良で遊ぶ私はあまり動じなくなっているや。

バスを待ちながら「この実、なんだろうねえ」と他愛もない話をしていると。
背後からぬっと警備員さんが現れた。
「何の実だか知ってます?」
「いえ、分からないねって話してて」
「聞こえちゃいました〜これは桑の実。ほら、熟してるやつは食べられるんですよ。ぷちっとしてます」
笑いながら警備員さん、桑の実をもいでぽいと口に放り込む。
わざわざ教えてくれた親切さと、気軽に実を食べるユーモラスな仕草にくすりと笑えてしまった。

名残惜しい気持ちを抱えながらバスに揺られ、強羅駅へ。
そう、乗り鉄の私は箱根登山鉄道に乗らずに帰りたくはなかったのだ……
高低差のある山の中をパワフルに進む登山鉄道、控えめに言っても最高だった。三回もスイッチバックしたよ!

沿線の紫陽花が咲きかけだったから、満開になったらきっと美しいんだろうなあ。
大満足で下山して、小田原駅へ向かう電車を待つ。

普通電車で帰るつもりが、こんなものを買ってしまった。

乗っちゃったぜロマンスカー!
今度は新宿から乗ってみたいな。
小田原駅で、母を見送る。ここからはひとり旅の始まりだ。

どこへだって行ける、という強い気持ちを持つのは本当に久しぶりだった。
謎の全能感に突き動かされるように、横浜を目指す。
どこへだって行ける、なんだってできる。自由だ!

横浜編へ続く。