その日は、とてもとてもお天気がよい日で。
充実した一日を終えて、夕食でお腹を満たしたあとの小休止。
ふと、充実感のすき間に、うずうずした気持ちが湧いてきたのだ。
「ねえ、お散歩行ってきてもいい?」
隣で満腹の溜め息をつく夫に、いきなり私は迫る。
「今から?」と不思議そうな表情。
絶対、夕陽が綺麗だと思うから、見に行きたいの。
カメラを鞄につめながら言い募った。
「一緒に行く?」
「いいよ、ひとりでのんびりしておいで」
優しい言葉に背中を押されて、まだ明るいお外へと、私は散歩に出かけていったのだった。
晴天の名残りの空は、明るい。
進行方向に伸びる影を踏みながらどんどん歩いた。
目指す場所は決まっていて、逆方向から、帰途につく人々とたくさんすれ違う。
ゴールデンウィーク、夕方の奈良の改札口を見ていて思ったことがある。
「みんな、帰るの早いなあ……」
京都や大阪へ向かうからなのだろうか。
おやつどきを過ぎたら、駅は人でごった返す。
奈良は、少しずつ静けさに包まれる。
別ににぎやかであってほしいと、心から願っているわけでもないけれど。
もったいないよ、まだまだ素敵なものはたくさんあるのに。
胸のうちで呟いて振り返る。
確信が、あった。
ほらね。
少しずつ傾きはじめた太陽。
空はほんのり、グラデーションになっていく。
そうして歩いているうちに、あかく染まる階段にたどり着いた。
石の階段は、照り返しで綺麗に輝く。
そんな些細な様子にも嬉しくなって、何度も夢中でシャッターを切った。
息を切らせながら、さらに重なる段々をのぼる。
ここに来ると、いつも苦しくなる。
それは階段が厳しいからかもしれないし、奈良を一望できるさまが、あまりにも美しいからかもしれない。
張り出した舞台には、思いがけずたくさんの人が肩を寄せて並んでいた。
目の前の景色とめいめいの在り方で向き合っている。
控えめな話し声が聞こえる他は、何もない。
ただ、夕陽が美しいだけ。
ただ、それだけ。
とてもシンプルなことだけれど、私の心は満たされていた。
日没の時間はいつも、大阪から帰っている途中だから。
もうすぐ8ヶ月になろうというのに、私には体験していないことがたくさんある。
案外私は、この街の夕景を知らない。
それは仕方のないことでもあるけれど、諦めないでいようと思った。
奈良は逃げない。
私も逃げない。
だからきっと、少しずつ、綺麗な光景や豊かな時間を重ねてゆけるはずだ。
なんと素敵なことだろう。
案外私は、この街を知らない。
けれどもこの日に改めて知った。
二月堂から見る夕陽が美しいこと。
日没の瞬間、しんと沈黙が落ちたこと。
奈良には夕暮れ時にも、見逃せないものがあること。
今度はあなたも、見ていってほしい。
奈良は、美しい場所なんだ。
今週のお題「ゴールデンウィーク2018」
ゆのじ